たまに考える人、にじのあめこです。
悪口って、言ってはいけないと誰しもが教えられるのに、どうしていってしまうのだろう。
なぜ人はネガティブや悪口に反応するのだろう。
悪口って言った後はものすごく罪悪感で「取消したい」って思うけど、悪口言ってる時は快楽物質が出てる気さえする。なぜ人はネガティブな情報に吸い寄せられ、悪口言って楽しんでしまうのか。 https://t.co/ZfAQ0XNYYO
— にじのあめこ@ワンオペ育児しながら文を書く人 (@nijinoameko) August 25, 2018
突然ですが、私は、人間の理屈で説明できない行動には大体「遺伝子」が関係していると思っていて。
人類って爪もない、牙もない、角もない。
本当に弱い種類の動物なのに、ここまで劇的な進化を遂げて繁栄しているのです。
遺伝子に組み込まれた「感情」や「行動」には、生き残るために必要だったノウハウが詰まっていると思うのです。
悪口ってもしかしたら、人類が生き残るために必要だったんじゃないかな?と思ったので、考察してみたいと思います。
(参考文献やエビデンスは一切なしの勝手な推測!!)
ちなみに遺伝子のせいでつわりがきついという考察はこちらの記事です。
もくじ
悪口を言うと気持ちがいい
悪口や愚痴は言ってる方は気持ちいいのでは?と、うっすら思ってた。太古の昔に、集落で分業しながら生きてたヒトは、群れから弾かれたら死んでしまうからコミュニケーションやマウントはすごく重要だったんじゃないかな。だから悪口とか愚痴に反応しやすくなってるし、言ってると気持ちいい。
— にじのあめこ@ワンオペ育児しながら文を書く人 (@nijinoameko) August 25, 2018
正直に言います。
悪口言っているとき、多分私は気持ちがいい。
うすうす気づいていたんですよね。
飲み会での仕事の愚痴。
ママ友同士で誰かの噂話。
はしたないことだと知っているし、悪口を言われた方も、言っている自分も、結果的に気分最悪になる。
そして悪口は何の生産性もなく、自分の品位を落とす行為であるということも、理解しているんですよ。
でも、悪口を言っているとき、気持ちがいいんですよ。
これは若手社員だった私と同僚の飲み会。
私「この前、仕事中に先輩が○○でさ~!」
同僚「え~!なにそれやば~い。それは最悪だね…」
私「でしょ~!もう最悪!!」
同僚「○○さんて、こないだもさ~…」
何とも知性のない、低俗な会話でしょう。
でもこれが私の現実でした。
そしてこれがまた気持ちよかった。
仕事で嫌なことあったら、「あ、これ今度の飲み会で肴にしよう」と思っていました。
そう、悪口言うとなんか、快楽物質出てる気がするんですよね…。
(そういう脳波の研究とかあるのかな…)
太古の昔、人間は集落で孤立したら死が待っていた
人間は狩猟採集社会だったのですよね。
チームで狩りをし、森で食料を集める。
そんな社会の中で、嫌われたり仲間外れにされたら、一気にくいっぱぐれてしまいます。
交代してくれる見張りがいない、家もない状態では、夜安心して眠ることもできない。
だから人間は集団に属することや集団でいいポジションを得ることをとても重視しているのではないかな。無意識レベルの本能で。
きっと、仲間外れにされず、リーダーとなり、みんなをまとめられる人物が生き残っていった。
そして遺伝子には「調和」「コミュニケーション」という情報が深く刻まれたんじゃないだろうか。
太古の昔、集団生活においてネガティブな情報えおえる力は生死にかかわるものだった
悪口やネガティブな情報って、耳に入りやすいですよね。
いわゆる地獄耳というやつ。
ネガティブな情報「○○が嫌だ」とか「○○で辛い」が耳に入りやすい特徴のは、情報収集力です。
大昔なら「痛い」「つらい」「傷ついた」などの情報を逃すと、死ぬ危険も大きかったんでしょう。
「あの実を食べたらお腹痛くなった」という情報を得られた人間と、得られなかった人間は生存率が大きく変わるはず。
そのためネガティブな情報に対して反応が多いのは当然なのですね。
なのでツイッターでも「もうパパが子育てしてくれなくて最悪!」というツイートがバズるのはそういう理由。
悪口を言うと気持ちがいいのは太古の昔、集団でのマウントが非常に重要だったから。
しかも悪口とか愚痴って、一人でブツブツ言っても癒されなくて、誰かと一緒になって言う事で癒される気がするからタチが悪い‥。なにかの悪口を言って「だよねー」と共感してもらう事で癒されるという‥。集落では、悪口言うがわに回る方が安全だったのかな。
— にじのあめこ@ワンオペ育児しながら文を書く人 (@nijinoameko) August 25, 2018
悪口は一人でつぶやいても気持ちよくないのです。
「誰かと」一緒に言わないとダメ。
そして「共感」してもらわないとダメ。
なぜなら、集団で孤立してはいけないから。
狩りのチームに入れてもらえなければ肉(タンパク質)を食べられない。
木の実が取れる場所や、危ない動物がいる場所を教えてもらえなければ、食べていけない。
さらに言えば、「お前はこの集落から出ていけ」と言われたら飢えるし動物に襲われて死にます。
そりゃもう必死ですよね。
したがって集団の中で「味方をつくる」のはとても重要なミッションだったのですね。
そして、一番簡単な方法が「同じ敵をつくる」という方法。
そうして「悪口」という手法ができあがったのではないでしょうか。
「悪口」で味方を得て、自分と敵対する人間を追い出した人間が生き残ったんではないでしょうか。
だからみんなの遺伝子に「悪口は気持ちがいい」という情報が組み込まれている。
悪口と書くとすごく陰湿に見えますが、例えば、「不穏な人間を排除してスムーズに狩りを行う」と言い直すと正当っぽく感じます。
和を乱したり、チームワークがうまく機能しない人間は排除して優秀なパートナーと組むことで自分自身や自分の子孫を残していったのかもしれません。
なんだか自分で書いていてすごく悲しくなってきました。
子供ですら悪口を言って集団でマウントをとろうとする、私の本能。
https://twitter.com/nijinoameko/status/1033499856571006976
https://twitter.com/nijinoameko/status/1033500603803099136
わずか6歳の子供でも「悪口」で味方を作ろうとする。
まさに人間の本能なのだな、と感じます。
私たちは、悪口で快楽を得ている
https://twitter.com/nijinoameko/status/1033502896401174530
ネットが匿名だとすぐにアンチコメントが多くなるのは、
「バーカ」「死ね」という、簡単に相手を傷つけてマウント取れる言葉があふれるのは。
「悪口」で相手をマウントするのが「気持ちいい」と人間に悲しくプログラムされているんだと思います。
忙しかった若手時代。同期と仕事の愚痴言うのがめっちゃ楽しかった記憶が蘇ってきた‥「もう超忙しい!涙」「上司がこんな感じでありえん!」全く生産性なかったんだけど、愚痴で仲間意識強めて悪口で癒されてたんだわ‥
— にじのあめこ@ワンオペ育児しながら文を書く人 (@nijinoameko) August 26, 2018
「なんで飲み会で仕事や上司の愚痴言って無駄な時間を過ごしているんだろ」と、思う人もいるでしょう。
愚痴や悪口で、疲れた自分を癒しているんですよね。
同じ敵を作って共感し合うことで、安心したり、ストレス発散になったりするのです。
だから、仕事の飲み会は楽しい。みんなで愚痴ったり誰かのうわさで盛り上がることができるから。
だから、ママ友とのランチで、保育園の先生や旦那に対する愚痴を言うのは楽しい。
私もぜーんぶわかります、経験してきたし、現在進行形でやってしまっている部分もあるから。
今の時代では、愚痴や悪口は必要ないはず
もう今は狩猟採集社会ではないから、太古の昔に組み込まれたままに野生の本能のままに悪口とか愚痴とか言って自分だけ癒されてたらいけないよね。いろんな娯楽や発散方法が今の世の中にはあるんだから、なるべく悪口とか愚痴は最小限にしていきたいな。
— にじのあめこ@ワンオペ育児しながら文を書く人 (@nijinoameko) August 25, 2018
文明が発達し、属する集団がたくさんあり、国という大きな社会になった現代。
人とのコミュニケーションが取れなくてもネットで情報は得られる。
悪口言ってマウントとらなくても、仲良しこよしでも生きていける平和な時代。
文明社会を生きる私だからこそ、「ヒトの悪口は言わない」でいいと思います。
子供にも「誰かの悪口を、その人がいないところで言ってはいけない」と教えたいと思います。
悪口や愚痴以外の方法で、癒されたりストレスを発散していけばよいと思います。
そしてもし、悪口や愚痴がこぼれてしまったとしても、「これは人間の本能なんだ…」とあまり自分を責めすぎないようにしたいです。